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美学会

The Japanese Society for Aesthetics

丸善出版より美学会編『美学の事典』を刊行しました

8月 7, 2021

 丸善出版より美学会編『美学の事典』を刊行しました。

 美学会がこれまでに培ってきた美学研究の現実を2020年時点の社会に照らしてまとめるべく、多様な執筆陣によって著しました。

 書店や図書館などで手に取っていただければ現代の美学や芸術研究の諸相を知る手がかりになるはずですが、まずはどんな本なのかご紹介を兼ねて、以下に冒頭の「刊行にあたって」の文章を転載しています。

『美学の事典』「刊行にあたって」

 「美学」とは何だろうか? 日常的な言葉づかいでは、「◯◯の美学」とか「彼の仕事には美学がある」といった表現から分かるように、特別な価値観とか、その人だけのこだわりといったものを言い表す言葉のように思える。この意味を少し踏み込んで考えてみると、モノや行為について、それが何か特定の目的に役立つという意味での価値、つまり「効用」としての価値ではなく、モノや行為が「それ自体」として持つ価値に注目するような観点のことを、美学と呼んでいるらしいことが分かる。

 だがこの美学という語は元々、学術研究の一分野を指す”aesthetics”などの西洋言語に対応する翻訳語として作られた言葉であった。

 それでは学問としての美学とは、いったいどんな研究分野を指すのだろうか。この言葉には、範囲の異なった二つの意味が重なっている。ひとつは美の理念、美的な判断や経験、感性や感情、芸術表現といった主題に関する、理論的な研究を意味する。この意味における美学とは、哲学の一分野であると言っていい。これがいわば狭義における美学である。一方広義における美学は、そうした理論的関心を共有しつつ、芸術の各分野における活動や作品について行われる諸研究の、総括的な呼び名としても用いられている。

 美学を学ぶ人々の研究団体である美学会は、日本では1948年に設立された。欧米、東アジア、ラテンアメリカをはじめとする国々にも美学会は存在し、それらを統合する国際美学会は1988年に組織された。これらのいずれにおいても「美学」は広義の意味で用いられている。つまりそこには、美や芸術に関する哲学的研究と並んで、文芸、美術、音楽、演劇、映画に加えて、二十世紀以降の多様化した芸術表現、ポップカルチャー、メディア芸術についての研究分野が含まれているのである。

 本事典の各章に即して説明するなら、まず第1章「美学理論」が上に述べた狭義の美学に相当する。とはいえ、かつては美学研究の中心をなしていた古代・中世・近代の西洋思想ばかりではなく、日本や東アジアにおける美学理論、日常性やジェンダーといった現代的なトピックも取り上げられている。

 第2章は「美術史」であるが、時間軸に沿って歴史的に概説するのではなく、最新の美術史研究において注目されている、様々なトピックや問題提起を切り口とすることによって、今日美術についていかに考え、語ることができるのかを紹介するものとなっている。続く第3章「現代芸術」においては、歴史的アプローチだけでは捉えきれない、現代の多様化した芸術活動、いわゆる「現代アート」にまつわる様々な疑問に答えている。いずれの章も、美術や現代アートのことが気にはなるが、どこから手を付けていいのか分からないと感じている方々に活用していただければ幸いである。

 第4章「音楽」は、西洋のクラシック音楽に関わる重要なトピックに加えて、民族音楽、ポピュラー音楽や邦楽、そして音響や聴覚文化といった視野からも考えるという、現代の音楽研究の拡がりを反映した構成となっている。第5章「映画」においても、映画史や作品、作家に注目するよりも、映画と社会との関係にまつわる様々なテーマを手がかりに、映画を通して現代を考えるという側面が強くなっている。21世紀初頭の現在、デジタルメディア技術の普及によって音楽も映画も急速な変化の渦中にあるが、この現実に美学はどうアプローチしているかを知ることができるだろう。

 第6章「写真・映像」は、現代の私たちにとってもはや言葉の一部とも言える複製的イメージについて、光学写真の起源から、イメージと現実や芸術との関係、デジタル化、アニメーションといったトピックを考察するものである。第7章「ポピュラーカルチャー」の項目を一覧していただければ、私たちが日常的に親しんでおりマスコミで取り上げられる事も多いトピックであるが、ではそれらを理論的・学問的に研究するにはどうすればいいのか、本書でその手がかりが得られると思う。

 最後の第8章「社会と美学」は再び美学の理論的側面に着目し、美学を現代社会の諸問題へと応用する試みである。日常生活、人生、政治、社会、環境といった広範囲に渡る主題について、それらを美学という観点からどのように考えることができるか、いわば美学的思考の及ぶ最大範囲を示すものとなっている。巻末に、これから美学を勉強したい人のための案内となる「研究手法」、そして美学を生命圏や宇宙の中で考える「美学の臨界」を付録とした。

 美学の事典はこれまでにも何冊か刊行されているが、2020年における美学研究の現実を反映すべく本書のために貴重な研究時間を割いていただいた執筆者、編集委員の方々には深く感謝したい。そして本事典の提案・企画から完成に至るまで、膨大な編集作業を担当していただいた丸善出版株式会社の安倍詩子さんに、心よりお礼を申しあげたい。